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12月2日 源氏物語 桐壺

<原文>
「むなしき御骸を見る見る、なほおはするものと思ふが、いとかひなければ、灰になりたまはむを見たてまつりて、今は亡き人と、ひたぶるに思ひなりなむ」と、さかしうのたまひつれど、車よりも落ちぬべうまろびたまへば、さは思ひつかしと、人びともてわづらひきこゆ。 内裏より御使あり。三位の位贈りたまふよし、勅使来て、その宣命読むなむ、悲しきことなりける。女御とだにいはせずなりぬるが、あかずくちをしうおぼさるれば、いま一階の位をだにと、贈らせたまふなりけり。これにつけても憎みたまふ人々多かり。もの思ひ知りたまふは、様、容貌などのめでたかりしこと、心ばせのなだらかにめやすく、憎みがたかりしことなど、今ぞおぼしいづる。さまあしき御もてなしゆゑこそ、すげなう嫉みたまひしか、人がらのあはれに情ありし御心を、上の女房なども恋ひしのびあへり。「なくてぞ」とは、かかるをりにやと見えたり。

<現代語訳>
「(更衣の母は)亡骸を見ながらも、やはりまだいらっしゃるものと思うが、甲斐もないので、灰になるのを見て、今は亡き人と、一途に思いましょう」と、しっかり仰ったけれど、車から転び落ちそうになられるので、そうだと思ったと、人々も難儀する。宮中より使いがある。三位の位をお贈りになる由、勅使が来て、宣命を読むのも、悲しいことであった。(帝は)女御とさえ呼ばせぬままになってしまったのが、心残りで残念に思われるので、一つ上の位だけでもと、お贈りなさったのであった。このことにつけても、お憎みになる人々が多い。世の情理をわきまえた方は、容姿、顔立ちなどのすばらしかったこと、気立てが穏やかでかどが立たず、憎めなかったことなどを、今になって思い出される。(帝の)見苦しいまでのご寵愛ゆえに、そっけなく妬んでいらっしゃったが、(桐壺更衣の)いとしく思いやりのある人柄を、帝づきの女房なども懐かしくお思いになった。「亡くなってしまってから」とは、こういうことであろうかと思われた。

<注釈>
「なくてぞ」…『源氏釈』は以下の和歌をあげる。「あるときはありのすさびに憎かりきなくてぞ人は恋しかりける」(出所不詳)
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Tag : 源氏物語 桐壺 現代語訳

11月26日 源氏物語 桐壺

<原文>
 御子は、かくてもいと御覧ぜまほしけれど、かかるほどにさぶらひたまふ、例なきことなれば、まかでたまひなむとす。何事かあらむとも思したらず、さぶらふ人々の泣きまどひ、上も御涙のひまなく流れおはしますを、あやしと見たてまつりたまへるを、よろしきことにだに、かかる別れの悲しからぬはなきわざなるを、ましてあはれにいふかひなし。
 限りあれば、例の作法にをさめたてまつるを、母北の方、同じ煙にのぼりなむと、泣きこがれたまひて、御送りの女房の車にしたひ乗りたまひて、愛宕といふ所にいといかめしうその作法したるに、おはし着きたる心地、いかばかりかはありけむ。


<現代語訳>
 御子は、喪中でも(帝は)たいへんご覧になりたいけれど、こうした時に宮中にお仕えなさるのは、例のないことなので、退出しようとなさる。何事かお分かりにならず、お仕えなさっている人々がたいそう泣いて、帝も絶え間なく涙を流されるのを、不思議そうに見ていらっしゃる、普通の場合でさえ、このような別れを悲しまぬことはないのに、ましてその悲しさは言うべき言葉もない。
 (亡骸をこのままにしておくにも)限りがあるので、通例の作法にて(棺に)お納め申し上げるが、母北の方は、同じ煙になって空へ上りたいと、泣き焦がれなさって、お送りの女房の車に後からお乗りになり、愛宕というたいそう厳かに葬儀を行っている所に、行き着きなさった時のお気持ちは、どのようなものであったであろうか。

<注釈>
御子…光源氏
例なきこと…延喜七年(九〇七年)以降、七歳以下の子供は親の喪に服すに及ばないこととなった。ゆえにこの物語の時代は九〇七年以前ということになる
例の作法…火葬
母北の方…桐壺更衣の母

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Tag : 源氏物語 桐壺 現代語訳

10月5日 源氏物語 桐壺

<原文>
 輦車の宣旨などのたまはせても、また入らせたまひて、さらにえ許させたまはず。「限りあらむ道にも、おくれ先立たじと契らせたまひけるを、さりともうち捨てては、え行きやらじ」とのたまはするを、女もいといみじと見たてまつりて、
「限りとて別るる道の悲しきにいかまほしきは命なりけりいとかく思うたまへましかば」
と、息も絶えつつ、聞こえまほしげなることはありげなれど、いと苦しげにたゆげなれば、かくながら、ともかくもならむを御覧じ果てむとおぼしめすに、「今日始むべき祈りども、さるべき人々うけたまはれる、今宵より」と聞こえ急がせば、わりなく思ほしながら、まかでさせたまふ。御胸つとふたがりて、つゆまどろまれず、明かしかねさせたまふ。御使の行きかふほどもなきに、なほいぶせさを限りなくのたまはせつるを、「夜中うち過ぐるほどになむ、絶えはてたまひぬる」とて泣き騒げば、御使もいとあへなくて帰り参りぬ。きこしめす御心まどひ、何ごともおぼしめし分かれず、籠りおはします。


<現代語訳>
 輦車の宣旨など仰ったものの、また(桐壺更衣の部屋に)お入りなさって、(宮中からの退出を)まったくお許しなさることができない。「死出の旅路にも、遅れ先立つまいと約束なさったのに、いくらなんでも私を残しては、(里へ)行かれまい」と仰るのを、女もたいへん悲しいとお思い申し上げて、
「最後と思って別れる道の悲しさにつけても、生(行)きたいのは(死出の道ではなく)命です、このようになると存じ上げていたならば」
と、息も絶え絶えに、申し上げたいことはありそうだけれど、とても苦しく疲れた様子なので、このまま生死の程を見届けようとお思いなさるが、「今日から始める予定の祈祷の数々、しかるべき僧たちが承っています、今夜から」と申し上げて急かすので、どうにも耐えがたくお思いになりながら、退出させなさる。胸が塞がり、まったく眠れず、夜を明かしかねなさる。お見舞いの勅使が行き来する程の時間も経っていないのに、気がかりなお気持ちを絶え間なく仰ったが、「夜中過ぎに、息をお引きとりなさった」といって泣き騒ぐので、勅使もたいそうがっかりして帰ってきた。お聞きになられた御心は悲嘆に暮れ、何事も分別がつかず、引き籠っていらっしゃる。

<語彙>
のたまはす…天皇、上皇、皇后、中宮などに用いられる最高敬語

<注釈>
輦車…輿に車輪をつけて人が手で引く車
宣旨…中務省を経ずにうちわの手続で出される勅命
女…桐壺の更衣
いかまほしき…「行く」「生く」の掛詞

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Tag : 源氏物語 桐壺 現代語訳

11月1日 蜻蛉日記

<原文>
 かくありし時過ぎて、世の中にいとものはかなく、とにもかくにもつかで、世に経る人ありけり。かたちとても人にも似ず、心魂もあるにもあらで、かうものの要にもあらであるも、ことわりと思ひつつ、ただ臥し起き明かし暮らすままに、世の中におほかる古物語の端などを見れば、世におほかるそらごとだにあり。人にもあらぬ身の上まで書き日記して、めづらしきさまにもありなむ。天下の人の、品高きやと、問はむためしにもせよかし、とおぼゆるも、過ぎにし年月ごろのことも、おぼつかなかりければ、さてもありぬべきことなむおほかりける。

<現代語訳>
 このように様々なことのあった歳月も過ぎて、世の中にたいそう頼りなく、ああにもこうにも落ち着かぬ状態で、この世に暮らす人がいた。容姿といっても人並みでなく、思慮分別があるわけでもなくて、このように役にも立たないのも、道理だと思いつつ、ただ日々を過ごしながら暮らすのにまかせて、世の中にたくさん流布している古物語の片端などを見ると、世の中に多くある作り話さえ書いてある。人並みでもない身の上まで日記に書けば、きっと目新しいものになるであろう。世間の人が、身分の高い人の暮らしはどんな風かしらと、もし問うたときの先例にもしてくださいね、と思われるも、過ぎ去った年月のことも、はっきりしなかったので、そのまま書かずにおくべきことが多く混り込んでしまったことだ。

<語彙>
もの(接頭語)…(形容詞・形容動詞に付いて)何となく
はかなし…はっきりしない、頼りない
ふ(経)…時が過ぎる
心魂…思慮分別、精神、才覚
そらごと…作りごと
めづらし…目新しい、素晴らしい
ためし…例、先例、ならわし

<注釈>
とにもかくにもつかで…夫兼家の来訪が途絶え、筆者は妻であるのかはっきりとしない不安定な状態にある
世に経る人…筆者
問はむ…助動詞「む」は仮定の意
おほかりける…助動詞「けり」は詠嘆の意

蜻蛉日記
日記。三巻。藤原道綱母作。977年成立か。藤原兼家との結婚に始まり,夫との不和,子への愛情など二一年間の生活をつづる。女性の筆になる最初の日記文学〔大辞林〕

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Tag : 蜻蛉日記 藤原道綱母 現代語訳

10月18日 源氏物語 澪標

<原文>
 さやかに見えたまひし夢の後は、院の帝の御ことを心にかけきこえたまひて、いかで、かの沈みたまふらむ罪救ひたてまつることをせむと、おぼし嘆きけるを、かく帰りたまひては、その御いそぎしたまふ。神無月に御八講したまふ。世の人なびきつかうまつること、昔のやうなり。
 大后、なほ御なやみ重くおはしますうちにも、つひにこの人をえ消たずなりなむことと心病みおぼしけれど、帝は、院の御遺言を思ひきこえたまふ。ものの報いありぬべく思しけるを、なほし立てたまひて、御ここち涼しくなむおぼしける。時々おこりなやませたまひし御目もさはやぎたまひぬれど、おほかた世にえ長くあるまじう、心細きこととのみ、久しからぬことをおぼしつつ、常に召しありて、源氏の君は参りたまふ。世の中のことなども、隔てなくのたまはせなどしつつ、御本意のやうなれば、おほかたの世の人も、あいなくうれしきことによろこびきこえける。


<現代語訳>
 (故桐壺院が)はっきりと現れなさった夢の後は、故桐壺院のことを心にかけ申し上げなさって、どうにかして、あの地獄に沈んでいらっしゃるという罪を救い申し上げようと、切に願っていらっしゃったのを、このように帰京なさっては、そのご準備をなさる。神無月に法華八講をなさる。世間の人が心を寄せ申し上げること、昔のようである。
 大后は、いまだご病気が重くいらっしゃる間にも、ついにこの人を押さえつけられずに終わってしまうことだとつらく思っていらっしゃるけれど、帝は、故桐壺院の遺言を思い申し上げなさる。きっと報いがあるだろうと思っていらっしゃったが、(源氏を)もとの地位にお戻しなさって、お気持ちも清々しくお思いになった。時々病気にお苦しみになった目も良くなられたけれど、おおよそ長生きできそうになく、不安なことと、長からぬお命のことをお思いになりながらも、常にお召しがあって、源氏は(宮中に)参上なさる。政治のことなども、隔てなく仰せになったりしては、本来のお望みのようなので、たいていの世間の人も、わけもなく嬉しいことと喜び申し上げた。

<語彙>
さやか…はっきりしている、明瞭である
見ゆ…自然と情景が視界に入ってくる、現れる
しづ(沈)む…罪・地獄などに落ち込む
嘆く…悲しむ、切に願う
八講…法華八講、法華経八巻を講ずる法会
なび(靡)く…心を寄せる
おほきさき(大后)…天皇の皇后、先帝の皇后
消つ…消す、除く、押さえつける、圧倒する
心病む…心を痛める、つらく思う
なほ(直)した(立)つ…過ちを改める、もとの正しい状態に直す
涼し…澄んで清い、心がさわやかである、清々しい
さは(爽)やぐ…気分、病気が良くなる
おほかた(大方)…だいたい、おおよそ、(下に打消しの語を伴い)全然、少しも
心細し…頼りなく心配・不安である
世の中…治世、政治
のたまはす…おおせになる、おっしゃる
本意…本来の意思、望み
あいなく…むやみやたらに、わけもなく

<注釈>
さやかに見えたまひし夢…故桐壺院が源氏の夢枕に立つ話は「明石」の巻を参照
かの沈みたまふらむ罪…桐壺帝は醍醐天皇を思わせる記述がなされているが、醍醐天皇には生前に犯した罪で地獄に落ちたという伝説があるという
おほきさき(大后)…弘徽殿大后
この人…源氏
帝…朱雀帝
院…故桐壺院
院の御遺言…桐壺院が朱雀帝に源氏を重んじるよう遺言する話は「賢木」の巻を参照
ものの報い…源氏を失脚させた報い

澪標
源氏物語第14巻の巻名。光源氏28歳から29歳。冷泉帝の即位、源氏の内大臣昇進、明石の上の女児出産などを描く〔大辞泉〕

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