12月14日 源氏物語 桐壺

<原文>
 その年の夏、御息所、はかなきここちにわづらひて、まかでなむとしたまふを、暇さらに許させたまはず。年ごろ、常のあつしさになりたまへれば、御目馴れて、「なほしばしこころみよ」とのみのたまはするに、日々におもりたまひて、ただ五六日のほどに、いと弱うなれば、母君泣く泣く奏して、まかでさせたてまつりたまふ。かかるをりにも、あるまじき恥もこそと心づかひして、御子をばとどめたてまつりて、忍びてぞいでたまふ。限りあれば、さのみもえとどめさせたまはず、御覧じだに送らぬおぼつかなさを、いふかたなく思ほさる。いとにほひやかに、うつくしげなる人の、いたう面痩せて、いとあはれとものを思ひしみながら、言にいでても聞こえやらず、あるかなきかに消え入りつつものしたまふを御覧ずるに、来しかた行く末おぼしめされず、よろづのことを泣く泣く契りのたまはすれど、御いらへもえ聞えたまはず、まみなどもいとたゆげにて、いとどなよなよと、我かのけしきにて臥したれば、いかさまにと、おぼしめしまどはる。

<現代語訳>
 その年の夏、御息所は、ふとした病気を患って、(実家へ)退いてしまおうとなさるけれど、(帝は)暇を全くお許しなさらない。ここ数年、常に病気がちになっていらっしゃるので、見慣れて「そのまましばらく(宮中で養生を)試みよ」とばかり仰るうちに、日に日にご病気が重くなり、ただ五六日の間に、ひどく衰弱するので、(桐壺更衣の)母君は泣きながら(帝に)申し上げて、退かせ申し上げなさる。(桐壺更衣は)このような折にも、あってはならぬ恥を受けてはならないと気を配り、御子をとどめ申し上げて、忍んで(宮中から)ご退出なさる。限りがあるので、(帝は)たいしてお引きとめなさることができず、お見送りさえままならぬ気がかりを、どうしようもなく思われなさる。たいへん艶があって美しく、かわいらしい方が、ひどく顔もやつれて、とても悲しいと心に深く思いながら、言葉にしてすっかり申し上げることもせず、生きているのかわからないほど弱々しく意識も失いがちでいらっしゃるのをご覧になると、過去も未来もお考えなさることができず、様々なことを泣きながらお約束なさるが、(桐壺更衣は)お返事も申し上げることができず、眼差しもたいへんだるそうで、常よりいっそう弱々しく、意識もはっきりしない様子で臥せているので、(帝は)どうしたらよいだろうかと、思わず途方に暮れなさる。

<語彙>
御息所…御子を生んだ女御、更衣の呼称
はかなし…あっけない、はっきりしない
ここち…病気
まかづ…「退く」「去る」の謙譲語。退き去る、退出する
さらに…(下に打消の語を伴って)全く~(ない)、決して~(ない)
奏す…(天皇・上皇・法皇に)申し上げる
もこそ…~しては困る、~したら大変だ
こころづかひ…気配り
さのみ…(下に打消の語を伴い)それほど、たいして
とどむ…(他動詞)引きとめる
御覧じ送る…お見送りなさる
おぼつかなし…気がかりだ、不安だ
いふかたなし…言っても仕方がない、どうしようもない
思ほさる…「る」は自発の意
にほ(匂)ひやかなり…艶があって美しい、華やかで美しい
面痩せる…顔がやせてほっそりとなる、顔がやつれる
おもひしむ…心にしみて深く思う、しみじみ思う
きこえやる…「言ひ遣る」(すらすらと言う)の謙譲語。多く下に打消の語を伴う
あるかなきか…生きているのか死んでいるのかわからないほど弱々しい
消え入る…正気を失う、息が絶える
思しめされず…「れ」は可能の意
なよなよと…弱々しいさま、力なく頼りないようす
我か…「我か人か」の略。自他を区別できないほどぼんやりする様子
思しまどふ…「思ひ惑ふ」(途方に暮れる)の尊敬語
思しめしまどはる…「る」は自発の意

<注釈>
その年…源氏が3歳になった年
御息所…桐壺更衣のこと
あるまじき恥もこそ…嫌がらせをされて、御子の体面が傷つけられることを気遣う
限りあれば…宮中では死の穢れを憚って死期が近づけば退出するしきたりがある

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