8月27日 源氏物語 桐壺

<原文>
 いづれの御時にか、女御、更衣あまたさぶらひたまひけるなかに、いとやむごとなき際にはあらぬが、すぐれて時めきたまふありけり。はじめより我はと思ひ上がりたまへる御かたがた、めざましきものにおとしめ嫉みたまふ。同じほど、それより下臈の更衣たちは、ましてやすからず。朝夕の宮仕へにつけても、人の心をのみ動かし、恨みを負ふ積りにやありけむ、いとあつしくなりゆき、もの心細げに里がちなるを、いよいよあかずあはれなるものに思ほして、人のそしりをもえ憚らせたまはず、世のためしにもなりぬべき御もてなしなり。上達部、上人なども、あいなく目を側めつつ、いとまばゆき人の御おぼえなり。唐土にも、かかる事の起りにこそ、世も乱れ、あしかりけれと、やうやう天の下にもあぢきなう、人のもてなやみぐさになりて、楊貴妃の例も引き出でつべくなりゆくに、いとはしたなきこと多かれど、かたじけなき御心ばへのたぐひなきを頼みにてまじらひたまふ。

<現代語訳>
 いずれの天皇の御代であったか、女御、更衣が数多くお仕えなさっている中に、それ程高い身分ではないが、際立って寵愛を受けていらっしゃる方がいた。初めから我こそはと自負なさっていた女御たちは、気にくわない人だと蔑み嫉妬なさる。まして同等の身分の者やそれより低い身分の更衣たちは心穏やかでない。朝夕のお仕えにつけても、人の嫉妬をかきたて、恨みを負うことが多くなったせいであろうか、大変病気がちになり、心細げに里に帰られることが多いのを、いよいよ帝はどこまでもいとしくお思いになり、人の批判を気になさる余裕もなく、世間の語り草にもなりそうなふるまいである。上達部、殿上人なども、むやみに横目ではとても見ていられない程のご寵愛ぶりである。中国にもこういったことがもとで、世も乱れ、具合が悪かったのだと、次第に広く世間でも面白くないことだと、人々の悩みの種となり、楊貴妃の例も引き合いに出されそうになっていくので、更衣はいたたまれないことが多いけれども、恐れ多い帝の愛情の並ぶものがないことを頼みに宮中での生活を送っていらっしゃる。

<語彙>
女御・更衣…天皇の妻は家柄の高い順に「女御」「更衣」「尚侍」と呼ばれる
あまた…数多く、たくさん
さぶらふ…お仕え申し上げる〔謙譲語〕
やむごとなし…身分が高い
ときめく…時流に乗って栄える、寵愛を受ける
めざまし…心外である、気にくわない、興ざめである
やすし…安らか、安心である、穏やかである
篤(あつ)し…病気がちである
里がち…実家に帰っていることが多い様
ためし…語り草、話の種
上達部…天皇、摂政、関白を除く最高位の人々。一位から三位、及び四位の参議
殿上人…清涼殿の殿上の間に出入りを許された人々。四位、五位、及び六位の蔵人
あいなく…むやみに
側(そば)む…横を向く
まばゆし…光り輝くほど美しい、恥ずかしい、見ていられない
おぼえ…評判、寵愛
あぢきなし…甲斐がない、無益である、面白くない
はしたなし…中途半端である、体裁が悪い
かたじけなき…もったいない、恐れ多い、ありがたい

桐壺
源氏物語第1巻の巻名。光源氏の母桐壺更衣の死、源氏の臣籍降下、藤壺の入内、源氏と葵の上との結婚、亡き母に生き写しの藤壺への源氏の思慕などが描かれる〔大辞泉〕

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