10月14日 源氏物語 桐壺

<原文>
 かしこき御蔭をば頼みきこえながら、落としめ疵を求めたまふ人は多く、わが身は、か弱くものはかなきありさまにて、なかなかなるもの思ひをぞしたまふ。御局は桐壺なり。あまたの御方がたを過ぎさせたまひて、ひまなき御前わたりに、人の御心をつくしたまふも、げにことわりと見えたり。まうのぼりたまふにも、あまりうちしきるをりをりは、打橋、渡殿のここかしこの道に、あやしきわざをしつつ、御送り迎への人の衣の裾、堪へがたく、まさなき事もあり。またある時には、えさらぬ馬道の戸をさしこめ、こなたかなた、心をあはせて、はしたなめわづらはせたまふ時も多かり。事にふれて、数知らず苦しきことのみまされば、いといたう思ひわびたるを、いとどあはれと御覧じて、後涼殿にもとよりさぶらひたまふ更衣の曹司を、ほかに移させたまひて、上局に賜はす。その恨み、ましてやらむかたなし。

<現代語訳>
 (桐壺更衣は、帝の)恐れ多い庇護をお頼り申し上げるが、蔑みあら探しをなさる方は多く、ご自身は、か弱くいつまで生きるとも知れぬ様子で、(帝の寵愛ゆえに)かえって気苦労をなさる。(桐壺更衣の)御殿は桐壺である。大勢の妻たちを(帝が)素通りなさって、ひっきりなしにお通りになるので、妻たちが気を揉むのも、なるほど道理と見える。(桐壺更衣が)参上なさるにも、あまりに度重なる時には、打橋、渡殿のそこかしこの道に、けしからぬことをしては、送り迎えをする女房の衣の裾が、堪えがたく、見苦しくなることもある。またある時には、どうしても避けて通れない馬道の戸の錠を下ろして、こちら側とあちら側と協力して、惨めな思いをさせ困らせなさることも多い。事あるごとに、数知れずつらいことばかりが増えるので、たいそう思い嘆くのを(帝は)ますます愛しくお思いになって、後涼殿に以前よりお仕えなさっている更衣の局を、他に移すようお命じになり、(桐壺更衣に)上局としてお与えになった。その恨みは、まして晴らしようがない。

<語彙>
蔭…身を隠すところ、恵み
心をつくす…心のすべてを込める、あれこれと気を揉む
げに…本当に、なるほど、いかにも
うちしきる…たび重なる
まさなし…よくない、見苦しい
はした(端)なむ…惨めな思いをさせる、困らせる
わづらふ…<自動詞>苦しむ、悩む、困惑する
わづらふ…<補助動詞>…するのに困る、…するのに苦労する
ま(増・益)さる…多くなる、増える
思ひわぶ…思い嘆く
やるかたなし…心を晴らしまぎらす方法がない、並ひととおりではない
やらむかたなし…「やるかたなし」をやや弱めた表現

<注釈>
御局は桐壺なり…桐壺更衣の御殿は桐壺(淑景舎の和風の呼び方)で、清涼殿(帝の御殿)から一番東北の隅にあり、中庭に桐が植えられている
打橋…建物と建物との間に臨時に掛け渡す板の橋
渡殿…建物から建物に渡る屋根つきの廊下
馬道…建物の中央をつき抜ける廊下
後涼殿…清涼殿の別殿
曹司…局
上局…清涼殿に参上する時の控え室

テーマ : 古文 - ジャンル : 学問・文化・芸術

Tag : 源氏物語 桐壺 現代語訳

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